今まで投稿してきた内容はどちらかというと病気についてよりも、仕事にまつわる問題に対する内容が多かったように思う。今回は脳外科医の仕事について説明してみたいと思う。病気そのものについても今後ざっくり解説してみたいと思う。
脳外科医というと、ドラマや小説では天才脳外科医とか銘打ってイケメンや美人が登場するイメージが強いかもしれない。一般の人と話をすると、”どうやったらなれるんですか?”とか聞かれることがあるが、医師免許を取得して希望し、脳外科のある病院で仕事をすれば一応脳外科医としては働ける。専門医を取るには学会の定めるプログラムに参加する必要があるが、基本的に医師免許が取れれば誰でも脳外科医になることは可能だ。自分で言うのもなんだが、脳外科医は頭脳というよりは肉体労働に近い。呼ばれたらやってきて、仕事をして帰るのだ。
脳外科の難しいイメージというのは脳神経の解剖の複雑さや長時間で繊細な手術操作からきているかもしれない。確かに否定はしない。ただ、これらの操作はほぼ定型的になっており、各施設によって流派というは”御作法”があり、何回も繰り返して手術に参加することで手術操作そのものはあまり知識がなくても行えるようになる。①普段よく行われている脳出血、頭部外傷(硬膜下血腫や脳挫傷に対する血腫除去・開頭減圧術)は比較的経験の浅い医師が行うことが多い。もう少し経験を積んでくると、②くも膜下出血を起こした動脈瘤に対する開頭クリッピング術や、大脳や小脳半球など脳表からアプローチできる腫瘍の切除ができるようになる。脳そのものは少しでも傷がつくと麻痺やなんらかの障害が出るのではなく、切除可能な領域は意外と広い。また切除しても他の脳が機能を代償することで術後に出た障害が軽減することはよくある。さらに経験を積むと③バイパス術と言って細くなり血流が悪くなった領域に他所から持ってきた血管(1mm以下)を顕微鏡下で繋いだり、頭蓋底手術と言ってよくみる脳の模型の下の部分から生えている脳神経(1-12番まであり、目を動かす神経や顔面の感覚・運動、聴覚や嚥下、味覚などに関係する)の周りにできた難しい場所にある腫瘍を切除する手術を行うことができるようになると一人前と言える。
手術の難易度は上記の①〜③に上がっていくが、定型的な操作についてはやはり経験がものを言うので、大学時代の成績よりは手技に対する丁寧さや忍耐、患者に対する真摯さの方が大切のように思う。必ずしも天才である必要はなく、自分はよく学生や研修医に、急に呼び出された時に(嫌々ながらも)”…行きます…”と言える人は脳外科医になれると説明している。いくら優秀でも、”今日は用事があるので行けません”とか真顔で言い切ってしまうようなタイプの人は人が死ぬ診療科は向いていないし、呼び出す方も一緒に働きたいとは思わない。また、脳外科医が全て手術が好きで好きでたまらないかというとそうでもない。一定数脳外科医になってから合わないなと思っている人もいるし、手術に飽きてしまう人もいる。基本的にオペレーターは一人なので、助手も必要だ。みんながみんな手術が大好きでなくても成立する。サッカーで言うところのFWやキーパーのようなものだ。要するに、手術大好き人間の集まりで、入って馴染めるか不安な人でもそれなりに活躍の場は脳外科には存在する。
自分は救急科専門医も持っているが、脳神経外科は意識障害の初療で登場することも多く、意識がない患者の病気の鑑別や、呼吸管理、循環管理を行う場面も少なくなく、重症の頭部外傷の場合は骨盤骨折や他の臓器損傷を併発していることもあるのである程度救命に関わる領域の知識や手技も慣れておいた方が良い。一般外科や心臓血管外科は一般内科や循環器内科が患者を診た後に登場することが多いかもしれないが、脳外科の場合は最初から登場することが多いので自分は脳外科医は先発完投タイプだと思っている。
最近の学生を見ていると、一人前になるのに時間がかかる診療科や呼び出しがある科は敬遠されているように思う。実際外科系に進む医者は少ないようだ。医学部の定員増加と日本の人口減少、医療費の増加という状況を見ていると近い将来は医者も安泰とは言えなくなるかもしれない。脳神経外科はある意味ロールプレイングゲームのレアキャラ的な要素があり替えが効かない。一般の仕事もそうかもしれないが、この人しかできない仕事というのは非常に武器になると思う。若い研修医がこのブログを見ていたら是非脳外科を初期研修で選択し、脳外科医を目指してくれると嬉しい。