以前の投稿で医局をやめると報告したが、やめ方については自分なりの考えや人からの意見があったのでまとめてみる。
一般の人にもわかるように説明すると、医局というのは大学病院の講座・教室(〇〇科)の主任教授を中心とした医者のつながりで、大学病院内のみならず、その地域の主幹病院にも人事権が及ぶ。簡単に説明すると人材派遣業を大学の教授がやっているようなものだ(以前の記事をご参考にhttps://girimaro.com/?p=119 https://girimaro.com/?p=121)。医局をやめるというのは、この大学の人事から外れて、自分の希望の病院で就職あるいは開業することをいう。状況にもよるが、将来的に医局の世話になる(医師を派遣してもらう、留学先への紹介、患者の紹介など)こともあるので、その地域で仕事を続ける場合は可能な限り円満にやめることが望ましい。
円満にやめる上で大切なのは、やはりそれ相応の理由があるというのが大事だと思う。医局としては関連病院の戦力ダウンに繋がるのでできれば人材流出は避けたいので、基本的には引き留められる。その引き留めを振り切ってやめるには、適切なタイミングで適切な説明を尽くす必要がある。ブチ切れてやめたりすると自分の評価や評判が下がるだけだ。問題を整理して何が自分にとっての問題かをクリアにして考える必要がある。ただ単に、その職場環境で嫌いな人がいるなどの場合は、上司に相談することで環境を変えることができるかもしれない。また、なかなか成果が出なくても地道に頑張る時期もあるので、刹那的な判断をすると、他所に移っても同じことになる。特に、日本の医局制度は横(他大学への移籍)にも縦(年功序列)にも流動性が乏しいので、自分の医局をやめてしまうと、特に大学病院でのキャリアはほぼ閉ざされる(他大学に移っても相応のポジションを得るには政治的な要素も大きい)。
自分の中あるいは自分の所属している医局の風習かもしれないが、医局をやめるタイミングは自分が入局した時の教授がやめるときだという認識がある。古い考え方かもしれないが、そのような筋の通し方がある。自分達のグループの古い考えの人は共感してくれるかもしれない。医局制度そのものが、法的な根拠があるようなものではないので、辞めたからといって罰せられることはないが、その地方の医者のコミュニティーに深く関わっているので、”なるほど、それなら仕方ないね”とある程度みんなが納得してくれる”雰囲気”がないと、辞めた後に”勝手に辞めた人”というレッテルを貼られてしまう。ただ、やはり”それ相応の理由”があれば辞めるタイミングはいつでも良いと思う。我慢して5年も10年も教授が退任するまで待つのもナンセンスだ。
自分の場合、大学内での自分のグループでの仕事に発展性がないことが辞めることの大きな理由だった。グループ長がいて、スタッフが一人自分の上司にいた。年齢的にも大学に居続けても、責任のある判断や裁量は望めない。いつまでも、歯車としての役割を演じ続けることは、専門医、留学経験を積んだ後だと難しい。また、自分のグループでの診療内容は専門性が高いため、大学の関連病院(いわゆる市中病院)で同等の治療を継続することは難しいし、仮にやったとしても大学病院に患者が集まることは明らかである。自分なりに考え、自分の所属する医局に関係のない場所で、専門性が活かせる病院に移ることにした。相談するタイミングは、新任教授が赴任して、落ち着いた頃だ。幸い、ヒアリングの機会を設けてくれたのでその場で状況を説明し、納得してもらえた。新任教授は年も近いこともあって、自分の立場をよく理解してもらえたように思う。
辞めるにしても、新しく働く場所が確定しないと辞められない。しかしながら、地域によっては”辞めてから就職活動をするのが筋だろう”と言われ揉めた話を聞いていた。流石に何も当てがないのに辞めるわけないだろうと、上司も思うと思うが、辞める相談をするタイミングでは”これから考えます”と言っておいた方が無難だろうと思った。
今までは医局人事で田舎の病院に飛ばされて、何十年も放置されても文句一つ言わずに働き続ける先生もいたが、これを果たして美談として良いかどうかは疑問である。今までは、このような個人の努力で地域医療が支えられたりしていたが、病院の集約や、待遇の改善などがないと持続可能性は低い。大学病院では、働けば働くほど雑用が増えて、それが必ずしも自分の評価に繋がらないことが多い。案外好き勝手にやっていても特殊能力があれば生き残れることも多い(だから嫌になって辞めていく人も出てくる)。特に大学病院では人事の流動性が乏しく、人の評価が難しいので問題も多いと思う。一番問題なのは患者に不利益が生じることであり、若い人材育成に影響がないような医局運営が望まれるところだ。